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ならばせめて好きだという事実のままでいたい。
いつか存在ではなくなる前に、それとも、事実ではなくなる前に、





















Dramatic...9


































ルフィがこの場に加わったことで、先ほどまで向けられていたすべての関心が、そちらへ移っていくのが知れた、
騒がしかったその歓声は、ある意味一段と盛り上がり、そして、姿を見せたハチへの罵声と、恐怖が溶けた叫びが、
何度も至る所から噴き出ていた、見慣れない恐れでは無い、元々持つ、人間の生まれた環境によるものだ。
遠目から見える世界ではあるが、にはそれが少しだけ理解できた。
差別。ならどの世界であろうと浸透しているものなのだろう。
ケイミーのもとへと向かうルフィに必死で警告を続ける、ハチの声が、ここからでもよく聞こえた。
そして飛び交う声の中に、チャルロスが佇んで、
銃声が聞こえる。ハチが、ハチが撃たれてしまった、

「お前ムカつくえ〜!」


叫びとともにチャルロスが拳銃をハチに向けた。きっと死にかけの害虫が、いまだに手足をばたつかせのたうち回る様にでも、見えるのだろうか。
その言葉が続く様に、引きかけた腕が、ほんの一瞬だ。私がそれを確認する前に、横で大きな砂埃が舞い上がった。
ようやく、その音がさまざまな木片を飛び散らせて、目の前や足元に散らばる感覚に、は自分が一瞬世界を拒絶して、朦朧としていた事に気がついた。
「随分派手にやらかしてくれたもんだ」

「あ、キッドさん」

踵を返し歩いてきたキッドさんの口調が、やけに楽しげで落ち着いているのが、自分とは違う感情で、この場を見通しているんだろうなと、は思った。
キッドさんが見ている様を、同じ場所で見ているんだとしても、考えている事は間逆なんだろう。
ルフィの暴騰により怒りを頂点にまで登らせたロズワード達に、麦わら海賊団たちは、これといった困惑も見せず、また躊躇もあらわす事は無かった、
「海軍大将と軍艦を呼べ!、目にものを見せてやれ!!」

貴族の張り裂けるような怒りがその会場にいたすべての人間の耳に伝わった。勿論、にも。
その合図はつまり、開戦の合図であり、誰もが恐れる事象の引き金になっていた言葉だった。
聞くなり観客たちは我が身一途に無心で会場から逃げ出して行った、誰もが金を遣うのは上手なのかもしれないが、命の扱いに自身のある者はいないのだろう。
逃げだしていく観客の叫び声の中でも、ルフィたちは向かってくる衛兵たちと戦っていた。
立ち尽くすとよくわかる。自分の目の前で起きている戦いの、その迫力と熱量に、圧倒された。
「……お前は逃げないのか、」

「えっ…あ、」

そうキッドに背を押され、は返す言葉をどこから選べばいいかすら、戸惑った。
―――ここから、あたしは一体――?


「あ、!」

その声を聞いたと同時に、がその声の懐かしさに打ちひしがれるのを感じた。
時間も大してたっていない所為だ、その声の優しさが、今も記憶の中で安らかに沈殿している。
「…ベポ…!」
はすぐに駆け寄った。周りはいまだに刀も、銃器も手放してはいないのであるが、いやむしろ、そんな中だからこそ、
彼のもとへ駆け寄ってしまった。その優しさに、忘れさせてはくれないかという、嘘を孕ませている自分にだって、気付いていながらも。

「よかった、何もなかったみたいだ」
「うん、あの時はごめんね…!勝手にいなくなっちゃって、本当にごめんなさい…!」
「いいんだ、平気。それにキャプテンも怒って無かったし」

「え、ローさんが?」

「なんだ、俺の事は知っているのか」

ふと廊下側に出てきたベポの後ろから、若い男の声が聞こえた。
無論考えなくても誰なのかは知っているけども、それでも彼の姿が、今、前を向いて帽子で頭を隠し、
すらりと筋の見える腕を、椅子にかけて大きくふるまうその様を、実際に見てみると、
今まで会ってきた人たちよりも、随分親しみやすそうな形ではあった。

――もちろん、あんな中身なんだから、こっちの”ちょっと渋い大学生”レベルで考えちゃあいけないんでしょうけどね!

「ベポ。こいつがあの時言ってた奴か」
「うん、ね、嘘じゃないでしょ」
「…で、お前は俺らの事を知ってるのか?」

「や、そういう訳では、ないですけど…」
「人のクルーで遊ぶとは、随分タチの悪ぃ女のようだな」
「あ、そっ…!」

何?!とがややこしい誤解に見舞われたんだとまた驚き、その弁明は今すぐにでも解かなければならないと、すぐさま言葉を返そうとした。だがその声はまた、上から現れるウソップやブルックの声によって、掻き消されてしまうのだった。
ルフィがその姿を確認して、すぐにまた退却の路を急かせようとするのだが、ローは今度はそちらに目を向けて
、まるで戯れる遊びの一部かのように、助言を思わせる会話を渡した。

「まさか天竜人がぶっ飛ばされる事態になるとは思わなかっただろうな」

―――自分はあり得るって思ってるんじゃないかねー、
は内心。ローに対してそんな事を思っていたのだが、当の本人は現状をすでに楽しんで咀嚼しているようにすら見える。
キッドといいローといい。結局船長格はこういう人がなるものなんだと、漫画の世界であるという事であるにしろ、その輝きはにとって羨ましく思えた。
そしてその声のすぐ後に、シャルリアが怒りの矛先をケイミーに向けたことで、一瞬にしてルフィたちの気はそっちへ反れた。
も奥から現れる彼の姿を思い返し、緊張が体の中で膨張していくのを必死で押さえこんでいた。

「考えても見ろ…わたしなら絶対に、」

こんな年寄りはいらん、そう窘めて笑って見せて、シルバーズ・レイリーの登場だ。
空気は変わる事は無かった。それはこの人が最早そういった気の類を消す事すら、日常的なものに過ぎないという、隠密の証には、的として得てはいるが。
そこにいた海賊たちは緊張や、一種の感動に似た喜びでどこか興奮の色を表していた。
けれどそんな事を差して気にする様子もなく、レイリーは状況を理解する事に目を向けて、全てを理解するのには、数十秒も要さなかった。

「―――さて…」


―――――くる!!


が、レイリーが少し首を傾けて、視線をこちらに動かすまでに、強張らせた肩をどうにかして固めて留まっていようと踏ん張っては見るが。

―――その一瞬の、地響きにも似た空気の凍てつき、
地面を焦がす様に全ての者を立たせず落としてゆく大地の強張り、

は、どうしてか気絶する事は免れたのだが、思わず、だ。ひざが抜ける様に沈んでいく事に気がついた。
「あっ、――!」

遠のきそうになる意識を必死に食い止め、せめてどこかに手をかけなければと思った時。
不意に後ろから腕を掴まれて、引き摺られるよう体が落とされていった。
使い物にならない足は、ふらりとそのまま重心を傾けた位置に崩されていく。
ひざでも何でもと、椅子に体を乗せる前に、肩に手を置かれ、そのまま飛び込むようにぶつかってしまった。

……ローさんの胸の中に。


「うっひゃあああ――、なにを、してるんですか」
「人の胸に飛び込んでおいて、叫ぶとは随分だな」
「いやいや、今のはローさんが引き摺りこんだんだと」
「いや、お前が突っ込んできた」


うそつけえ!はすぐさま体を離して立ち上がろうとするのだが、何せ足がすくんでしまっていたので、
ろくに動かす力が働かなかった。それどころか、無理に足を動かそうとした所為で、余計に前につんのめる形になり、
結局。ローさんに自ら抱きついている形が、否定できかねなくなっていた。
徐に乗り上げてしまったせいで、向い合せに抱きつく形。(これは死ぬほど恥ずかしい!!!)
太ももに当たる妙に生々しい筋肉の筋。漫画ではなく、男だと芯に叩きこまれる胸の熱さ、
は自分でも何をしてるか混乱しそうになる脳を必死で動かして、ゆらゆらと顔を俯かせる。

「ごめんなさ…た、立てなくて…」
「おいおい」

ひとつ、溜息の様な息が落とされたのを頭の上で感じて、思わずは頭をあげた、現実でもめったに見ない、間近で見る男の顔が、目の前で僅かに口角を上げていた。

――――わ、わっ、!

上げた面をすぐに戻す。漫画で格好いいだの言えたレベルじゃない。普通に、どこぞのモデルより、

―――なんて格好いい顔だ―――!!

整っているのはもちろんなのだが、この漫画らしい血なまぐさい威容は、現実ではそうそう見られるものじゃない。
たとえ見れたとしても、それがこんなに近づけるものでもない、はまるで、目の前で俳優と対面しているのと同じような気に、
若しくはそれ以上の、男女としての緊張に見舞われて、真っ赤になる頬の熱を掌で隠した。

「…そんな態度されてもなあ」

「う…いや、」

せめてと隣の席にずれようと腕を動かして、彼の胸から離れる事を試みる。
じんじんと痛む足をこらえ、彼の足から降りて、腕を離そうとした時、
ちょうど誰もがレイリーとケイミーの方へ視線や気をやっていた瞬間だ。
爆発音が聞こえて、同時にローさんが私の顎に手を添える。
何を思ったのかは曖昧だが、私は思わず、ローさんの方へ顔を寄せた。まだ赤い顔を見られるのも忘れて、不意に。

近づいてくる顔がまた酷くきれいで、何か思考を停止させる力にあてられたのかもしれない。
唇に齧りつかれるように重なりあって、ほんの数秒の間だ、彼が舌をぺろりと出し、すこしの唇を舐めるまでもが。



え、と思う間もなく離れていく顔が、



叫ぶよりも何よりも、あまりに綺麗過ぎて、見惚れてしまっていた。

































































(20090923)